2001年10月27日(Sat) [長年日記]
_ なんだか
日記を介して某所とクロストーク状態になってるんだが,両方とも読んでるのって,きっと,当人同士だけなんだろうな ^^;
_ CD-ROMのmountは知っていてFDのmountは知らない
の話だが,その原因についての推測として某所で挙げられていた2点,
- GNOME使ってるとCD-ROMのマウントはアプレットでマウスクリックするだけだったからできていた
- mount /mnt/cdromという「おまじない」は知っていても、実はそれは/etc/fstabに書かれているからそうだってことを知らず、いわばmountコマンドの意味を全然知らない
には,なるほど納得。
んでも,俺が思うに,
- いまどき,FDを使う機会はほとんどない
ってのが,単純ではあるけど一番の原因だったりするんじゃなかろうか。
- bootable CD-ROM対応ドライブの普及 → OSのインストールにもFDは不要
- CD-Rドライブの普及 → 手軽に大容量メディアに記録できる
- データファイル(主にM$ Officeドキュメント? :-)の肥大化 → 1.44MBにさえ収まらない
- HDDの大容量化・低価格化 → HDDの空けるためにデータを吸い上げたりしなくていい
- ネットワーク(LANとインターネット接続両方)の普及と高速化 → データの受け渡しはネットワーク経由
など,その要因になったと思しき現象はいくらでも出てきそう。
今やFDがどうしても必要なのはOSがbootしなくなったときの緊急用くらいだが,それさえも「調子が悪くなったら再インストール」という極Windows的解決法の前ではFDの存在理由になり得ない。
件の後輩はウチに入社してから一年とちょっと。
それまでソフトウェア開発の経験はおろか,UNIX系OSの利用経験も無く,ヘタすっと今のようにコンピュータを使い込むことさえ無かったかもしれない。
上記のような条件が既に揃った「FDが無くても困らない」時代にプログラマとしてスタートした彼と,PC-9801F上の一太郎ver.3で書いた卒業論文を2DD (2D? ^^;) の5インチFDに保存して持ち歩いてたような俺とでは,必要に応じて身に付けてきた知識の内容が違ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
そもそも彼はFDを使ったこと自体がないかもしれないんだから。
ただ,だからっつーて,今やUNIX系OSでのソフトウェア開発に携わるプログラマとなった彼にとって,これが「知らなくても許される理由」にならないのは当然。
今回のことは経験値を少しアップするいい機会だっただらう…ってことで :-)
んだから,作業用メモに
# mount -t dos …
とか書いてあったことも許してあげやう。
思わず「-t vfat ぢゃ (--;)」ってツッコミ入れたけどさ ^^;
# 我ながら論旨がメチャクチャだな ^^; ←作文苦手
_ 自動mount
そういえばNEXTSTEPは,intel版でも,CD-ROMとかMOドライブへメディアを挿入しただけでちゃんとmountしてくれたっけ。
umountはリサイクラへdrag&drop (Mac的 :-)
さすがにFDは,PC互換機のハードウェアとしての制約があるから,ワークスペースマネージャのメニューから手動でmount操作する必要があったけど。
「なんだか」... σ(^^;)も
FDのマウント... mtoolsがあるもん^^;